今日、明日と、高校生がご宿泊です。
水泳部の合宿に来ているとのことで、くたくたになって
旅館へやってきました。
彼らの青春は水泳一色なのでしょうね
そんな青春真っ只中の高校生達を見ていて
私も自分自身の高校時代をふと思い出しました。
私は高校では「茶道部」に所属しておりました。
真面目に部活動に励んでいれば、きっと今の
若女将業に役立ったはずなのに、実際には
「お茶菓子が食べられる」という、なんともいい加減な
動機で所属していただけなので・・・。
お茶の作法などまったく身についておりません
え?それのどこが「青春」なのかって?
いえいえ、そうではなくて。
私の青春時代はピアノ一色でした。
高校一年のときに、音楽大学進学を決め
そのために、日曜日になると特急電車に乗って
はるばるピアノのレッスンへ通っておりました。
偶然にも、そのとき通っていたのは別府にお住まいの
先生だったのです。
私の実家は別府までクルマで1時間ちょっとかかる
田舎町です。
別府は坂の多い街で、電車を降りてから先生の御宅までは
徒歩で15分くらい、ひたすら坂を登らなければならないのです
今日のような真夏日など、汗だくになって坂を登ったものです。
手には何冊もの楽譜を抱えて
苦労して先生の御宅へ着いてからは、厳しいレッスンです。
私の師事した先生はとても厳しい方で
「あなた、こんな演奏じゃあとても音大なんて受からないわ!
都会の子は、ずっとずっとピアノ上手なのよ!!」
と、よく叱られたものです。
同じ門下の親友など、先生のお怒りに触れ
何と、楽譜が飛んできたこともあるとか
それでも、一度もピアノをやめたいなんて思ったことも
レッスンが辛いなんて思ったこともありませんでした。
大好きなピアノを弾いていられるだけで幸せだったのです。
レッスンの後は、親友と一緒に別府駅にある
ファーストフード店で
「ねえ、今日のレッスンで先生に
『ベートーヴェンの悶々とした恋心を表現しなさい。』って
言われたんだけど『悶々とした恋心』ってどんなの?」
なんて語り合ったものです。
本当に一生懸命ピアノに打ち込んだ3年間でした。
発表会で上手く弾けなくて夜眠れなかったこともあります。
志望校の教授にレッスンしてもらった際
「あなた、こんなレベルじゃうちの大学受からないわよ。」
とあっさり言われ、冬休みの間、ほとんど家から出ずに
ピアノに向かったこともありました。
高校3年の3月。
第一志望の大学に受かった日のことを私は一生忘れないでしょう。
今でも、あの日の感動を思うと胸が熱くなります。